
視線の先に 第三章
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国道299は志賀坂(しがさか)トンネルが近づくと、きついヘアピンが連続する。
セローは曲がりくねった道が得意だ。
はやくアクセルを思い切りあけて駆け抜けたい。
そんな気持ちをぐっと抑えこむ。
志賀坂トンネルの前で地図をひらく。
ここから国道299から離れ、志賀坂林道から中津川(なかつがわ)林道を抜けて野辺山を目指すことにする。
途中の路肩の駐車帯で弁当を食べることにした。
遅い昼食だ。
幾十年ぶりかのオートバイである。
若いころだって未舗装路を走るのは、たいした運動だった。
手頃な岩に腰をおろしたとたんに虚脱した。
さすがに疲れた。
アクセルを握りしめていた右手が、クラッチを断続していた左手が、まるで他人の手のようだ。
割り箸を割る手が重い。
すっかり衰えているではないか。
苦笑が洩れる。
それでも躯の要求にあわせて弁当を機械的に咀嚼(そしゃく)する。
食べ終えて目頭を指圧すると、ぢん……と沁みた。
走りはじめると、力がもどっていた。
あるいは躯が走るための機械になりつつある。
セローも三鷹を出発したときとは比べものにならぬほどに柔軟性を獲得している。
気をよくして、いままでよりも多少、多めにアクセルをあける。
土の香りがきつい。
森林の匂いもぶちあたる。
しかも緑がやたらと濃く、眼球の芯に刺さる。
しかも緑の隙間からときおり覗ける空の青と入道雲の白の対比は強烈だ。
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